最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« メトロに乗って | トップページ | 佐渡レポ »

2012年5月29日 (火)

別れ

28日10時20分にまっくは、私に手を握られてまま天国へ旅立ちました。

日々弱っていきましたが、それでも好きな15歳以上用の魚のパックを一袋、
りんごの残した分まで25日までは食べていました。
26日位から食欲も少なくなり、27日はスープの様にしても一口か二口食べる
位で心配していました。

その日の夜は、おしめをしたまま少しだけ歩いて、私の寝ているソファーベット
に乗ろうとして失敗。
慌てて起きて抱き上げて枕の横に寝かせました。
朝までそこで寝ていて、私にもたれるようにして目覚めました。

手足が冷たかったので、猫ベットに寝かせてタオルを掛けていました。
ずっとそばにいて声を掛けていましたが、もう応えては呉れない。
少し苦しそうにしましたが、静かに眠っている様な最後です。
15年、私たちに癒しを呉れて、無償の愛で繋がっていた子供の様な存在でした。
具合が悪くなって、思いっきり泣いて、覚悟を決めたはずでしたが、顔を見て
いると、寝ている様で、泣き暮らした一日です。

私が泣いていると、りんごが側に来て、頭をぐいぐい押しつけて来る。
何か感じているのか、捜す様に家の中をうろうろしている。

仕事から帰った娘たちも覚悟はしていても、号泣。

今日、29日、奇跡的な様に、娘二人が休みです。
朝、九時半にお願いして有ったペット専門の出張火葬の車が来て、家の前で
皆に別れて火葬して貰いました。
一時間も掛らずまた、家族全員でお骨を拾い、壺に入れたまっくは小さい。
それでも、骨格はしっかりしていると言われたし、多分、腎臓か肝臓が悪
かったのでは言われた。
今は、皆が見られる所に、お姉さんの作った花籠、下の娘に名前を書いて
貰って鎮座しています。
122003_2 092193
003 004m
この目線の先には魚が有ります。
002 006
私の布団の枕の横は定位置でした。
0911_2
二年半ほど前。
201251
少し痩せて具合が悪そうになった頃の今月の1日の写真
120519_184502
私が佐渡へ行っている間に娘が携帯で送って呉れた写真。

小さな頃は、私の左手の薬指を吸っては眠る子でした。
私が家の仕事を終わり、ソファーに座ると、「見つけたぁー」と言う様に
ニャンニャンニャンと言いながら走り寄って来ました。
大きくなって、指は吸わなくなったけど、相変わらず左手を舐めたりして
夜は私と寝ていました。
今年の冬は首元が暖かくてお互い幸せ。

15年、本当にありがとう。
昨日、今日泣き過ぎて頭も痛いし、顔も腫れた。
もうまっくちゃん、ママをそんなに泣かせないでね。

« メトロに乗って | トップページ | 佐渡レポ »

「山百合日記」カテゴリの記事

コメント

そうでしたか、悲しいお別れに私も涙が出ます。
大好きな山百合ママに見守られながら
安らかに天国に召されたことでしょう。

いつも身奇麗な高貴なまっくちゃんでしたもんね、さすがに最後まで気丈に頑張ってくれましたね。
山百合家の一員として幸せな生涯だったでしょうね、まっくちゃん感謝してますね。

まっくちゃんのご冥福をお祈りします。

まっくちゃん、最期の時を迎えたのですね。
山百合子さんに手を握られて幸せだったことでしょう。
山百合子さん、お気を落としのとこだろうと思いますが、
残ったりんごちゃんを大切にしてあげてくださいね。
まっくちゃんのご冥福をお祈りしています。

読んでいて涙が出てしまいました。

こんなに早かったなんて・
ご家族の方は皆さん、まっくちゃんを毎日見てると
どれだけその日が近いか覚悟をされていたのかもしれませんが
ブログを読んだ限りではまだまだのような気になっていました。

15年間ですか・・・
皆さん辛いですねー

ママが一番辛いのでしょうが・・

そんな日は必ず来るのだと思っても・・辛い。。

しっかり泣いてしっかりお別れをして・・・。
一日も早く皆さんが元気になられるように・・。

まっくちゃん天国で「幸せだったよ」といってるよ。
ご冥福を祈ります。

千春ちゃん

お気楽なりんごに比べて、何時も見た目が冷静な感じのする猫でした。
人には中々慣れない子でしたが、私の事はお母さんと思っていたのではないかと
思う様な態度でした。
少しボケて来て、感情表現が少なくなって、甘え方も変わりましたが、朝ご飯を
頂戴と起こす事に変わりがなかった。
段々その時間が早くなり、とうとう、4時台に成り参りました。
食べさせるまで、顔を叩いて鳴いて要求しましたからね。

家の子になって、幸せを沢山貰いました。
失う事より貰った幸せの方が多かったと言った方がいますが、実感しています。

ももちゃん

本当にこんなに泣けて悲しい思いをするとは、自分でも思いませんでした。
柔らかな毛並みで、その感触が腕に残っています。
最後は痩せて抱っこも嫌がらずでしたから、辛かったのかなと思うのです。

あまりにメソメソしている母親を見て、娘たちがあれこれして呉れます。
お姉さんが庭のパンジーで綺麗なレイを作って呉れました。

りんごは何か感じているのか、何時もは入らない様な奥の方に入り込んで
出て来ません。
ご飯よと呼べば勇んで出来るので元気なんですけどね。

milkさん

悪くなってからが早かったので、初めは夏が越せたら良いとか思っていたのに
こんなに早い旅立ちが信じられません。
15歳は長生きだとも言われましたが、時々行くブログの猫ちゃんは20歳です。
家の子供たちもその位生きて欲しいです。

昨日、今日と沢山泣いてやっと落ち着いて来ました。
元気で過ごして、まっくとの思い出を大切にしよう。
心配頂いてありがとうね。

私もとても悲しいです。
会った事のある まっくちゃん。
りんごちゃんは、寝ていると にゃーんと鳴きながら
部屋に入ってきましたが、まっくちゃんは、最初、姿を見るのも難しかった。
人なつこいりんごちゃんの後ろにいたり
そっと別の部屋に行ったり、つかず離れずという感じで
でも、こちらを気にして、じっと観察している様子でした。
ご家族みんなに愛されたまっくちゃんのご冥福をお祈りします。

まっくちゃん、天国に召されたのですね。
様子を伺っていましたので、心配していましたが・・・悲しいです。

15歳と高齢ではあっても、いつまでも可愛い我が子ですよね。
お母さんの腕の中で、きっと安心して永眠したと思います。
もう、泣かないでねって、まっくちゃんが心配していますよ。

山百合子さんが、佐渡から帰って、かつ、メトロも終わるのを待っててくれたのね。
寂しい別れだけれど、手を握られての旅たちは、幸せだっただろうと思います。

おまけにみんな揃って、お骨まだ拾ってもらえたなんて。
まっくちゃん、絶対に幸せだったと思います。

みんなで思いっきり泣いて下さい。
そして、りんごちゃんにその分まで愛情を注いで行って下さい。

私も泣けそうです。

あぁ~ とうとう大切なまっくちゃんとのお別れだったのですね~
山百合さんにとってもご家族にとっても本当に大事な存在だった、まっくちゃん!!
こうしてお写真拝見してると高貴で気品に満ちたまっくちゃんでしたね。

どうぞ安らかに天国に召されますように・・・
まっくちゃんもきっと山百合さんに手を握られて、幸せな日々を過ごしたことを思いながら
旅立ったことでしょう~
お姉さんたちにもグランマさんにもお骨を拾ってもらって、本当に幸せな15年間でしたね。

皆さんが仰ってるようにりんごちゃんのためにも、思いっきり泣いて
明るく前向きに過ごしていかれますように・・・

いくちゃん

家に来た時は、りんごは人懐っこいから平気なんだけど、まっくは様子を
見ているのよね。
男の人だと隠れるんだけど、女の人だと遠くから観察している。

今は壺に入って、周りにお姉さんの作った花籠と好きな魚のご飯などを水と
一緒に飾られています。
朝、まっくちゃんおはようと言いながら、良い匂いのするお香を焚いて、自分
も落ち着かせています。
人を頼りに生きている猫ですから、やっぱり赤ちゃんの様な物ですね。

あずささん

こんなに早く別れが来るとは思わなかったです。
年取っては来ていてから心配はしましたが、悪くなってからが早かった。

最後は、朝お姉さんたちのお弁当を狙ったり、頂戴とばかりに食べている
私たちに伸びあがって手を出していました。
私が食事の支度をしていると、仕切りのカウンターの上から顔を出して見て
いたり、魚だとニャーニャー鳴いてねだった物です。

幸せを一杯貰ったんだから、私たちが泣いてはいけないよね。
これからは、思い出として大切にして行きます。

ハイジさん

佐渡へ行く時も少し心配でした、メトロの時も前日は沢山ご飯も食べたから
安心していたの。
佐渡にもメトロにもお母さんを行かせて呉れて、週末の予定も出られる様に
して呉れて、きっとお母さんをあたふたさせないように、娘たちが滅多に合わない
休みの時にお別れで来て、良い子でした。

沢山泣いて、目が痛くなったけど、これからは、柔らかなモフモフとした毛並み
の思い出を大切にしていきます。

何か異変を感じ取っていたりんごも、今朝はやっと元気で家族を安心させて
呉れました。

カラッチさん

今思えば、小さな子供の様な存在でしたね。
私には沢山甘えたし、最後は手を握って別れる事も出来た。
同じ家に生まれたので姉妹か従妹には成るはずの二匹ですが、性格は違って
りんごののんびり、まっくの神経質で若干意地悪。
と言っても、意地悪はりんごに対してだけで、小さな頃は仲良くしてだけにちょっと
可哀そうでした。

昨夜からは、私は自分の部屋で寝ていますが、朝の4時にご飯と言って起こしに
来なくなって、あーいないんだなと実感しています。
りんごも元気になって、家族を安心させています。
まっくの事を思い出にして、りんごの事も大切にしなくてはと思います。

山百合子さん、こんにちは!

メトロのレポにコメントを・・・ってやってきたら、
まっくの悲しいお知らせ。
仕事中なんですけど 涙が止まらないです。
ずっとみんなに大事にされてまっくは幸せでしたね。
寂しくなってしまいますね。
まっくのあどけない姿・・・見てたらまた涙。

りんごちゃんも寂しくなちゃったんじゃないかしらね。
いっぱい可愛がってあげてくださいね。

たくさんの優しい気持ちや喜び
愛情をお互いに感じあえた年月だったと思います。
きっと虹の橋で再会出来ると信じてます。
まっくは幸せだったよ。優しい家族と暮らせたんだもん

矢車草さん

まっくの事、ありがとう。
夜に成ると、二階の自分の猫ベットに寝ているので、「ママはねるよ、おいで」
と言うと、すっと頭を上げて、トコトコ後を付いて階段を私より先に降りて、私
の布団の定位置に座ります。
電気を消して私が寝ると、腕に手を掛けて、散々甘えてから寝ていました。
昼間は警戒心が強かったけど、夜に成って私の所へ来た時は全くの無防備で
赤ちゃんでした。
そんなでしたから、具合が悪くなってからは私が二階に寝るようにしたの。
最後の夜も一緒に寝ていました。

子供たちからも愛されて、私たちにも沢山の幸せを呉れたんだから、御礼を
言わなくてはね。
りんごも何か感じている様です。
あまりに皆から構われて、変だと思っているのかもしれない。

ピカリさん

ありがとう。
猫と言っても子供みたいなんだと実感しています。
虹の橋では、少し一緒に暮らした犬のもんちゃんが待っているよと言ったんです。
そして、お父さんには、はじめましてと言いなさいともね。

こんなに泣いて、馬鹿かと思いながら、可愛かった事など思い出しています。
でも、それだけ、一杯幸せを貰ったのは私たちなのよね。
思い出を大切にしていきます。

まっく…亡くなっちゃったんだ。。。
寂しくなるね。
随分と痩せちゃったな~~とは思ってたんだけど。。
まっく的には 長患いしないで良かったのかな???
って思う反面 もっともっと長生きして貰いたかったよね。

猫も犬も…人間と同じ。感じるモノがあるって聞きますョ。
親バカでイイじゃないの。
山百合子さん、元気出してね。

れれちゃん

本当に、猫の事でこんなに泣くなんてと思いながら、夜に成ると、何時も
モフモフとした柔らかな毛並みのまっくが横に居ない事を実感しています。
具合が悪くなってからが早かったですから。
私たちは長期戦の積りで色々な備えを用意して有ったのよ。
でも、本当に最後まで自分で歩いて、失敗はするけど、トイレに行こうとしたし
ご飯も食べようとしてました。
その姿が思い出されてまた泣くんだわ。

泣いてばかりではまっくにも叱られるだろうし、週末は花を見に出かけます。

まっくちゃん、やせちゃったってきいてから、心配でしたが、天国にいっちゃったんですね。
涙ポロポロ鼻グチャグチャになってしまいました。
今、なんていっていいか言葉がみつかりませんが。。
ご冥福をお祈りします。

らっしーさん

動物を飼っていると、この子を守れるのは自分たちだけと思いますよね。
物を言えないから、お互いの思う事は中々伝わらないけど、それでも、長年
一緒に暮らしていると、結構意思の疎通は計れます。
でも、病気なのか、弱って来たのか、その辺りの所は通じないから余計
可哀そうでならない。

今でも、甘えて来た仕草や、寝ていると横に来て一緒に寝た事、膝に来て
頭をあごに押し付けてきた事など、色々思い出されて涙目になります。
朝ご飯頂戴と、顔を叩かれて休みの日も無く起こされた事、猫親馬鹿で最後
は4時台になったけど、ちゃんと起きれるのよ。
今は6時まで寝ています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/148273/54826634

この記事へのトラックバック一覧です: 別れ:

« メトロに乗って | トップページ | 佐渡レポ »