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2007年9月30日 (日)

寒い

金曜日はとても暑くて30度と言っていた。
それが、土曜日には急に寒くなり、あまりの変化に戸惑ってしまう。
その土曜日、アメリカのフロリダに有るディズニーランドへ10日間遊びに行っていた娘が成田へ帰る日だったので、迎えに行った。
娘は、春に体調を崩して、職場も変わり、その新しい職場の先輩達と出掛けたのです。
今は、すっかり元気になった娘があれこれと支度して、元気に成田を出発したのは20日。
空港の中迄見送りして、母はどんな人たちと行くのか見届けてからと待っていました。
お友達とも合流して、御世話になるので、ご挨拶。
娘は、すかさず、「もう帰って良いよ」と言う。
フフフ、何かと母が娘の日頃の家での様子を出すと思って居る様子。

10日間、一番寂しそうにしていたのは、グランマと猫のりんご。
グランマは、毎朝、必ず目覚まし代わりの様に、娘を起こしていた。
リンゴは、何時も娘のベットに寝ていて、寂しそうな感じに見える。
グランマは土曜日、何となく、朝から落ち着かない様子で、後何時間等と恋人でも待つ様な感じでいる。


飛行機が2時間程遅れて、夕方の6時に成田へ到着。
税関を通過して、私に電話した、受けた私が携帯をバックから中々出なくてもたもたしていたら電話が切れる。
娘は今度は家に掛けたらしい。
電話に出たグランマは娘と分かると、電話口で泣いて「会いたかった〜」と言ったらしい。
後から娘が、おばあちゃん可愛い〜と言っていた。
無事、出口から出て来た娘と出会い、お友達に、再びご挨拶して別れ、1時間程でグランマの待つ家に帰った。
猫のりんごも娘の回りをうろうろしている。
上の娘も帰って来て、久しぶりに4人で団らんした。
家族が揃って食事したり、お喋りしたり、娘の旅の様子を聞く良い時間です。
普段は中々時間が合わなかったり、忙しかったりして4人揃うのは滅多に無い。
無理に合わせ無いけど、こんな時に会えるのは嬉しいものです。

そして、今日も寒い。
暖房でもしようかと思う程。
時差ぼけも無いと言っていた娘も流石に夕方には寝てしまった。
楽しかった旅も終わり、明日からは仕事です。

母も、また、お弁当作りの始まりです。


2007年9月24日 (月)

世界一周

昨日は、横浜の大桟橋へ、世界一周の船旅へ出発する、ネットの友人だやんさんの見送りにBOOさんと出掛けた。
夏に横浜へ行った時は、暑くて、大桟橋の見学はしていなかったので、どんな所なのかと楽しみに行く。
何時もの様に二人でアクアラインバスに乗り、横浜では、みなとみらい線に乗り換えるのに、良く分からず、あちこちで聞いてから乗りこむ。
おのぼりさん状態を楽しみながら、日本大通り駅で降りて(横浜駅で、何処で降りるのか教えて貰っていた)駅を出ると、大きな看板を持った人が、ピースボートの案内として立っている。
大きな荷物をガラガラと引きながら歩いている人たちもいる。
聞く所によると、900人乗って行くらしい。
3ヶ月かけて世界のあちこちに寄港しながらの旅だから、荷物も多くなるのでしょう。
何とか大桟橋に到着。BOOさんと私は、桟橋と言うからには、平な所で船の出発を見送るのだと想像していた。
1階は駐車場に成っていて、2階部分が入り口。
P1020319 P1020320 P1020321






中は、クジラのお腹の中に様に、広く、木を敷いた床が気持ち良い。床は何処迄も木が敷かれている。
だやんさんとは4時に待ち合せしていたので、それまでの間、中で開かれていたコンサート等を見たりして待っていた。
現れただやんさんは元気そうにニコニコしている。
私たちは、千葉から野島崎灯台まで道を歩き繋ごうと遠大な(時間も距離も)計画を立てているのですが、無理無くやっている事なので、この所進まないでいた。
その間に、彼女は念願で有った世界旅行へ向けて準備、実行と進んで行き、私たちは、だやんさんの決断を大いに嬉しく、そして、その実行する事に拍手でした。
行きたいと思う事は有っても、実行に移すのは、家の事、様々な事情で決断出来るのは大きな事だと思う。
控えめで、自分の事を前に出さない秘めた夢の有る人なので、驚きながらも、この日が来た事がとても嬉しい。
先日、BOOさんと二人で、野島崎を目指して歩き始めた時に、最初にお参りした飯香岡八幡宮で交通安全のお守りを頂いて来ていたので、それを渡す。
だやんさんと別れて、大桟橋の上に出て見た。
P1020330_2P1020332_2 P1020339_2






ここも、変化の有る不思議な所で、見回すと赤煉瓦倉庫、ランドマークタワー、みなとみらいの様々なビルが見える。
足下は適度な段差と勾配が有ったり、一部芝生の場所まで有る。

出港は夜の8時なので、その前に二人で中華街で食事をする事にしてぶらぶらと歩いて行く。
写真展の時にあずささんがお勧めの店を紹介して呉れた。
そのお店の名刺を持って行き、地図を見ながらお店を探す。
連休中日の中華街はとても混雑でしたが、何時ものこの町の不思議な雰囲気を楽しむ。
美味しい食事をして、また大桟橋へ戻る。
昼間とは違い、夜の景色はまた奇麗。
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BOOさんも私も夜の景色を見る様な機会は少ないので、すっかり嬉しくなる。
船旅と言う経験は無いので、映像で見て想像している、タラップを登って船に入るのだと思っていたら、飛行機と同じ様な、船の真ん中のドアとジョイントする通路が有り、そこから船に入る様になっていた。
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だやんさんとテープを投げ合おうと楽しみにしていたのですが、掃除をする関係で、テープは一応禁止と言うので、残念、テープが切れる迄等と言う感動は味わえない。中には何とか届けとテープを投げて、成功している人も居た。
夕方にはまばらだった船縁には人が沢山集まって、見送りの人と、携帯で話をしたり、手を振ったり、大声を掛ける人がいたりする。
中には、夕食の内容を聞いていて、アイスクリームが出た等と話している。
出発するのはご両親だったり、友人だったり、若い人も定年後と思われる人もいて、見送る方も、見送られる方も、色々な思いと共に乗っている様子が、携帯の話から想像出来る。

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夜と言う事も有り、お互いの顔ははっきり分からないが、電話では私たちが分かったと手を振ってくれていた。
どちらも、しっかり手を振り、船旅の出発は感動的。
そして、船は多くの見送りの人から離れて、光でその存在を示しながら小さくなって行った。ベイブリッジの下を通過する時には、3万トンと言う船も小さく見える、それで、橋の高さが想像出来た。

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3ヶ月後、どんなお土産話を持って帰って来るのでしょう。



2007年9月18日 (火)

人間ドック

今日は市の補助による人間ドックの日だった。
検査は嫌だけど、自分の体の中の事を知る事も大切かと、数年に一度受ける事にしている。
その中で、一番嫌なのは、胃カメラ。
元々ポリープが有ると言われているので、バリウムでは無く、最初からカメラを選択している。
一通りの検査が終わって、内視鏡検査室へ・・ドキドキ・・
どんなにリラックスと言われても、体の何処かが緊張している。
自分では、すぐ終わるからと言い聞かせるけど、肩に力が入ってる。
薬飲んだり、注射されたりして、いよいよ飲み込みます。
苦しい、涙目、苦しい〜
聞く所によると、鼻から入れるのは苦しく無いと、こちらも早くそう言う検査に成って欲しい物だわと思いながらの涙目。
ポリープも4ヶ取り、やっと長かった検査終わり、息絶え絶えって感じで、案内されたベットの様に大きな椅子に座る。
ベットの方が良いのにと思うけど、検査受けた人が多く空きベットが無いのかな。
30分程休んで、残りの検査して、医師の診察と血液等の結果を聞く。
コレステロールが少し高い以外は大丈夫。安心。
健診センターの〆は、栄養士さんの指導・・ゲゲ、身長は若い頃から比べると1.5センチ縮んだ。
体重は後3キロは落とす事・・・
コレステロール値を下げる食事の細々、でも、全部守ったら、味気ない食事ですとは言い返さない。
ケーキより、和菓子と言うけど、私は和菓子好きじゃないとも言わない。
支払いして、午後からは乳がん検査。
マンモグラフィ、痛いと覚悟して行ったら、そうでもなくて驚く。
以前は「息を止めて」と言われなくても痛くて息も出来なかったのに、今度は楽々、検査技師の奇麗なお姉さんにそう言うと、昨年から機械が変わったと言う。
なので、すぐ終わった。お煎餅の様にされた胸も今年は良かったと言ってるでしょう。
やれやれ、終わってからも胃カメラの気持ち悪さが後を引いて、やっとの思いで、車を運転して帰ってから、布団敷いてどっと寝た。
次は何時にしようかなぁ〜って、今は苦しかった事を忘れたい!

2007年9月14日 (金)

映画

最近、我が市に大型ショッピングセンターが出来た。
私の住む市原市は、広さとしては関東では横浜に次ぐと言われています。
なので、この新しいショッピングセンターへ行くには車で30分ほど掛かります。
先日、家でお昼を食べてから、この中の映画館へ行こうとしたら、駐車場に入るのに時間が掛かり、入っても車を止める所が無い、うろうろしていると上映時間が迫り、落ち着かないので結局諦めて帰って来た。
今日は仕切り直し、朝一で行こうと張り切ってグランマを連れて出掛けた。
近々敬老の日が有るのでね。
先日よりスムースに入る事も出来て、映画館では、入場出来る迄、お茶を飲んで待つ程の余裕。

映画は、「クィーン」新聞の批評欄を見て、興味が有り、見たいと思っていた。
こちらのオープニング記念で千円になっている。
私はシニア料金だから何時でも千円なんだけど・・

イギリスの女王様が、ダイアナ妃が亡くなってからの葬儀等の対応の仕方で時の首相からの提案、王室内での賛否など、その内面に迫る中々良い映画でした。
ダイアナ妃の事となると、週刊誌的な話になりそうですが、この映画が良いと思ったのは、最後は人が人としてその存在を認める事で信頼を得たのでは無いかと感じる辺りでした。
若くして女王に成り、その価値観と威厳を保つ事に終始して来た保守的な家族の中に、若く奔放な女性が嫁いで来て、価値観の違い、夫の裏切りで浮いてしまった事が想像出来る様子や、皇太子がとてもマザコン風で有るのも、王族と言えども、人としての苦しみは皆同じなんだと見える。

若い首相の側近達の冷めた目や批判に、首相は、女王の生き方を理解して、世間の声を聞かせて説得をする。
それに応えて、私たちがテレビで見た様な葬儀に成って行く過程が分かった。
それにしても、女王様は自ら四駆で、ダートな道を運転して広い領地内を自由に動き、時にはその車が川を渡り切る前に故障してしまい、携帯電話で人を呼んだり、散策がお好きだったり、スケールが大きい。

孫達に気晴らしをさせようと、葬儀の前に鹿狩りに行くなんて、日本人だったら、喪中なら殺生はしないと思うけど、民族の違いなんですね。
この葬儀も、民間人になった人だから王室としては、関わらない、内輪にと主張するのに、マスコミ世論が後押しをして、その声を無視出来なくなる辺り、女王としての孤独感が良く表現されていた。

そして、女王役の女優さんの凛として、意志の強い態度と顔、それは素晴らしかった。





2007年9月10日 (月)

中山風穴

翌日の9日、温泉でゆっくり山の疲れを取った私たちは、宿に近い、中山風穴に行く事にする。

ここは、何ヶ所か涼しい風が出る所が有り、昭和初期頃迄、近くの人たちの野菜貯蔵等をしていた所が有ると言う。
国道から案内に従い急な坂を上るとすぐに、体感出来る場所が有る。
P1020284 P1020276 ここは、石垣で組まれた場所が2ヶ所有り、中へ入ると涼しい風が穴の間から出ている。




P1020285 P1020286 P1020288






もう一つは、屋根付きで、こちらも涼しい、置いて有る温度計は5度、涼しいより少し寒い。
ならばと、車からコーヒー等を持って来て、ポットからお湯を入れてしばしコーヒータイム。
P1020287 P1020291






こちらの風穴を出ると、眼鏡が一気に曇る。
お先真っ暗では無く、お先真っ白・・
P1020294






その後、風穴への道へ行く。
P1020296 P1020297 P1020300







クサボタン、ツリフネソウが沢山咲いている。
途中の高山植物の群生地は花も終わっていたし、何より暑い、駐車場にいた人が、30度は有るから、体感出来る所が今は一番と言うので、次回花の季節にまた訪ねて来たいと、散策は少しにして帰る。
石柱の丘からは、小野岳が大きく見えた。



三本槍岳

週末、8日に会津側の大峠から那須三本槍岳に登った。

台風の影響が気になっていたが、何とか過ぎて呉れたので、家の物置は倒れたりしたけど、予定通り出発。

大峠林道の舗装が終わり近くに車を置いて歩き始める。
台風の影響で登山道にも水が溢れている所が有る。
P1020201
花を見たりのんびり歩いて、最後の頑張りで大峠。
昨年、大峠から流石山に登った時に、反対の見上げた山の続きが三本槍岳に行く道だった。
大峠は色々な花が咲く事で知られている。


峠のお地蔵様は、赤いバンダナが新しくなり、日差しが眩しいのかサングラスを掛けている。
P1020218
別のお地蔵様も黄色のバンダナ。
P1020219







そこからはリンドウや、ウメバチソウ、タチコゴメグサが咲いている道が続く。
P1020222 P1020248 P1020246






日差しが暑い、汗まみれ・・風は時折吹く、涼しくて気持ちの良い風。
あまりの暑さに雨傘をさして、写真も撮りながらのんびり歩く。
多くの人に追い越されて、景色も楽しんで、車の所から4時間半ほどで山頂。
P1020267
追い越した人達がお昼を食べている。
私たちは、途中で、おむすび食べたり、バナナ食べたりしているので、山頂ではそんなに大休憩はしない、おむすびを食べて、回りの景色を楽しんで同じ道を下る事にする。
帰りは、写真も撮らないし、ガスが出て景色もはっきりしない。
追い越した人は別ルートにしたら、それは厳しくて大変だったと遅れて戻った来た。
私たちは、2時間で車の所へ戻った。

湯の上温泉に泊まる。
建物は古いけど、接待も良く、部屋の入り口はバリアフリーで段差は無い、食事も美味しく、満足。
過剰な接待や、食事は慣れない事なので、なるべく自然に過ごせる宿が好み。
温泉に入ると、「ほぇ〜」「うっは〜」とビールやお酒の味は知らないけど、温泉はこんな声が出る。
極楽、極楽。


2007年9月 4日 (火)

世間の目

色々な情報が配信されている記事の中で、昨日はこんな物を見つけた。
中国食品工業と言う会社の事だ。

最近も中国の様々な製品、食品の安全性が問題になっている。
この会社は岡山に有る会社で、創業が1948年と言うからそろそろ60年に成る。
中国と言うと、中華人民共和国をすぐ思い浮かべてしまうが、日本の中国地方とは、岡山、広島、山口、鳥取、島根の5県。
この会社は珍味等の加工で知られた所らしい。
この所の中国食品の問題で、会社に消費者からの抗議が相次いでしまい、結果として注文が減少、先月末で倒産。
国内原料6割、中国原料4割だったそうだが、会社としては、これは単なるとばっちりと思い、対応に甘さが出たと言うコメントをしている。
社名を変えるとか、素早い時代に対応する処置がなされず、中国地方と中華人民共和国との勘違いが消えないままでの倒産と成ってしまった。

私たちも、新聞やテレビで見ている情報が一番頭に残っていて、中国と言えば、報道される比重から見てまずお隣の国と思うし、意外に他の地域の事を知らないで暮らしている。
故郷三島へ帰ると、その町でのニュースは、関東甲信越が大きく報じられる千葉との情報の違いで、知らない事が多い。
友人は新聞にも大きく出たからこちらが知っていると思って居る様子。
箱根を越えると、別世界と言うのは大袈裟としても、こちらでの捉え方と、別の地域の人の捉え方の違いは、新聞等の報道の大小による事も大きいと実感する事がある。
細かい事では、日本の隅々に迄同じ事柄が伝わっていると事は無いんですね。

そう考えると、経営者としてのセンスと時代を見る勘で社名を変えていたら、この会社は、従業員を含めて大きな波を被らなくて良かったのかも知れない。
私も友人もスーパーへ行き、袋の裏に中国製と書いて有ると、まず買わない様にしている。
それでも、外食ではまず内容は分からないし、テレビでアメリカの人が、中国製の物を一切買わずに暮らしてみたが、無理だったと言うのを見た。
そこまで皆の暮らしに浸透している製品に、安全に疑いが有るとなると、社名にも敏感になる世間の目は仕方無い事では無いか。

安全な国に成って、皆が安心して買って貰える様に早くなって貰いたい物です。



2007年9月 1日 (土)

猫色々

やっと涼しくなってほっと一息。
美容院へ行って髪をカットして貰った。
私は、ご近所の美容院へ行く。そちらの美容院には猫が2匹居る。
と言ってもお店に出て来る事は無いので、1匹がどんな猫か良く分からない。
もう1匹の猫は、こちらの猫と呼んで良い物かどうか、お店の人たちも複雑な気持ちで「チビ」と呼んでいる。
元々は、5軒程先のTさんの家の猫で、10年程前は、家の近所ではしっかり縄張りだぞ、と睨みを利かせていて、喧嘩でも他の猫には多分負けては居なかったと思う。
家にも猫を飼う様になり、外には出さないけど、窓から外を見ていた。
そんな様子は気に入らなかったのか、毎朝、クーラーの室外機の上に乗り、家の窓からこちらに向かって何やら威嚇した声を出していた。
家の猫達は、そんな様子を異邦人でも見るかの様にじっと見ていたが、すぐに飽きてしまい相手にしない。
娘は、毎朝ガン飛ばしに来る猫と言っていた。
有る時、娘が窓を開けて、チビの喉をなでた、その時、ちょっと困った様な顔をしてなでられていた。
それからは、私たちを見ると、ちょっと照れた様な顔になり、室外機からの威嚇は無くなった。

この猫は、葉っぱをくわえて家に帰る癖が有り、時々道で出会うと葉っぱくわえていた。
なので、家では葉っぱちゃんと呼んでいた。
この葉っぱちゃんも年を取ったのか、他の猫に負ける所を見た。
ご近所にそんなに野良猫は居ないし、そろそろ世代交代かと思っていて、見かけないなと思っていたら、美容院で飼われていると聞きびっくりした。
有る時から葉っぱちゃんは美容院へ毎日行く様になり、動かないので、お腹が空いているのかとペットフードを与えたら、もうずっとそこに居着いてしまったらしい。
仕方無いので、美容院の人がTさんの家に、こちらに来ていますが、預かっても良いかと聞くと、人に慣れない猫なのにとTさんはとても驚いていた様だ。
顔も、何と言うか、野良猫のボスの様な顔で、雌猫とは思え無い精悍な顔の三毛猫だった。

結局、そのまま仮とは言え、美容院の猫になって顔も穏やかになって行った。
今迄とは生活も変わり、外にもあまり出ない、出てもすぐ帰って来ると聞いて、どんな気持ちなのか聞いて見たいねと美容院の人と笑った。
Tさんの家には何匹も他の猫が居て、出歩く事の多かった葉っぱちゃんは、家に居場所が無かったのか。
そんな葉っぱちゃんも、体調が悪い時に一度実家に帰った事が有るらしい。
Tさんの所では病院へ連れて行き、元気になったら、また美容院へ自分から帰って行った。

私がカットに行くと、車の下にうずくまっていて、美容院のご主人が話しかけていた。
久しぶりなので、私も顔を覗いて見たら、すっかりおばあさんになっている。
時々、じっと実家の方を見つめたりするらしいが、決して帰らない。
今は体調が悪いと、美容院で病院へ連れて行って点滴したりいるらしい。
年齢は多分13歳くらいと聞いた。

我が家の10歳の2匹、相変わらず甘えっ子のマックは私がパソコンをしていると側で寝ている。
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そのマックの寝ている下の木の椅子がお気に入りのリンゴ。
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