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2005年7月27日 (水)

インタビュー

ネットを利用する様になって十数年、最初はダイアルアップで接続していた。
今はISDNです、それ以外の選択としてケーブルテレビが有ります。
ADSLは基地局からの距離が7キロ以上有るので難しいそうです。
次に期待するのは光通信ですが、何時開通になるか、NTTに聞いても答えは有りません。
そんな時に、近くの団地に光がと言う話が聞こえて来て、自治会の働きかけが大きかったと聞きました。
その団地の会長さんに連絡して、どの様にして運動したのかと聞く事が出来ました。
ある程度の纏まった希望者が必要で、範囲にもよるでしょうが、経済的に成り立つ戸数として160軒を目安に運動したそうです。

私の住む団地には約2千戸の住宅が有ると言う。
町会も11町会有り、夫々に会長さんがいる。
早速、会長さんにその辺りの事情を電話して見ました。
総会長さんの意見は好意的でしたが、夫々の会長さんには温度差が有り、簡単に取りまとめと言う運動に発展するのは難しそうです。
今年から個人情報保護法が出来たので、どれ位の人が光を希望するかのアンケートを取りたいのですが、無記名になります。
無記名と言うのは、個人の特定が無いだけ信憑性に欠けるのです。
私も、個人的にどう運動して良いか分からないし、具体的な策も持ち合わせていないので、様子見と思っていました。
会長さんとしては、私からの話は地域として必要と思う人もいる以上何とかしたいと思ったのでしょう。
団地も含めた広い地域のコミュニティーの広報の方を紹介して呉れました。
その方のインタビューが有ったのです。
記事になるかどうかは別にしてと言う断りは有りますが、好意的に話を聞いて呉れました。
私は、住んでいる団地と限らず、辺鄙な所程ネットの有効活用が出来る方が良いのではないかとお話ししました。
この先の事は分かりませんが、民営化されて、経済効率の悪い所は後回しと言うのがつらいい所です。
郵便局も民営化には賛成ですが、僻地が見捨てられる事が無い様にして頂きたいですね。


2005年7月25日 (月)

地震その2

家にいる者にとって、外で仕事をしている子供たちの事、地震など災害が起きた時が一番の心配になります。
下の娘の会社では、昼過ぎから水槽の金魚の様子が可笑しくなったと言います。
急上昇したり急下降、そして、砂を吸い込んで思いっきり吐き出したり、それを見て、冗談に地震でも来るのかと言い合ったそうです。金魚は3時間ほど前から異常を知らせていた事になります。
それに引き換え、家の猫は、いつもの様に寝てばかりいて、地震の時はびっくりして様子を見ていた。
まぁ、野生を無くして暮らしているのだから仕方が無いかと諦める。

上の娘は9階に住んでいるので、会社から帰るとエレベーターが止まり、大変だったと言う。部屋の中は棚の物が落ちていて、瓶が割れていたそうだ。
その上、電車が動いていないので、婿さんを車で4つ程先の駅近くへ迎えに出ると、道路は当然渋滞。
大きな被害はなかった今回の地震でさえも、個人的にはそれなりの事は有った訳で、これが阪神や、新潟の様な大きな地震が来たら、社会的な損失は計り知れないだろう。
どうか、大なまずさん、軽い寝返り位は良いですが、ずっと寝ていて下さいね。

2005年7月23日 (土)

地震

今日は、朝は激しい雨、午後から晴れて来て少し暑くなって来た。
久しぶりに庭仕事で汗を流し、シャワーを浴びて気持ち良くゆったりしてた。
その時、グラッと来た、普段はこれでほぼ終わり。
それが続いてぐらぐらと大きく揺れる。
こんな時って何をどうすれば良いのか、一瞬迷う。
と食器棚がガタガタ言ってるので、慌てて扉を押さえに行く。
十数年前に大きな地震が来た時、食器棚の扉が開いてかなりの食器が落ちた。
それ以来、食器棚の扉の下に、吸盤のストッパー代わりの物を置いている。そして、棚の上に突っ張り棒を付けた。
今回、見ていると、この突っ張り棒で食器棚の揺れも違う様に思う。
備えの効果かな。
すぐテレビを付ける、地震速報で見ると、震源地は千葉、おぉ、真下だぁ~
その速報を見ていると電話。
古里の友人、何か有ると、すぐに心配して連絡を呉れる、有り難いといつも思う、とても嬉しかった。
義理の弟からとネットの友人から携帯へ電話を貰う。
夜まで何かと連絡が行き交って無事の確認をする。

ようやく夜になって娘の所へ連絡が取れた。
娘も仕事から帰ると、色々な物が落ちて割れていると、娘の所は9階なので揺れが大きかった様だ。
電車も止まっているので、婿さんを迎えに行くとも言ってる。

今年の山は花が一杯、華やかさの反面、何だか心配よねと話をしたばかりだった。
科学的な思考では無いけど、何故か不安な心持ちになっていた。
何時か来る、と思っている気持ちがそうさせているのだろう。

2005年7月20日 (水)

タカネバラ


今回の旅の山部門では一番の目的が、西岳でタカネバラを見るだった。

前半は、植物観察会と称したオフで、霧ヶ峰の花たちを見て、詳しい方から名前を教えて頂く。
日曜日は湯ノ丸高原から池の平へ回り、やはり花を見て、名前を教えて頂く。
覚えきれないので、ノートに書き込むが、どれがどれか段々怪しくなる程の花の数々で至福の時間。

私だけは月曜日からは山梨へ移動して、火曜日に八ヶ岳の西岳に登ります。
梅雨明して蒸し暑い中を歩き始めると、アブが来る来る、休憩していると、群がって来る。
全身に虫除けを振りかけて、アブを追い払いながら登った山頂には、イブキジャコウソウも奇麗、タカネバラも間に合って心地よい風に吹かれて、流石にここまではアブの襲撃にも遭わずここでも至福の時間でした。

2005年7月11日 (月)

マタタビ


土日で、会津の猫魔岳から雄国沼を周遊して来た。
その帰りに、マタタビの木があちこちに有ったので、枝を頂いて帰る。
猫へのお土産です(^^)
猫も大人になると、別々に暮らす様になり、滅多に近づいてと言う事は無い。
マタタビに反応して、こんなに近くにいても怒りもしないで珍しい。
この後、マタタビの枝に体を巻き付けたりしてしばらく遊んでいました。

雄国沼のニッコウキスゲは満開は過ぎていたが、それでも奇麗で、渡る風もさわやかで、気持ちが良かった。
猫石から沼を見ると黄色にと言われていた景色は、残念ガスって手見えない。
猫魔岳の山頂から、一瞬だけ磐梯山が見えたのは良かった。

2005年7月 4日 (月)

九十九里


昨日は、駅からハイキングと言うのを電車の中吊り広告で見たので、ネットで予約して九十九里海岸迄出かけた。
海風が寒い位だったが、イベントとして、地引き網をしていたり、イワシを焼いているのを食べさせたり、イワシの団子汁がサービスだったりした。
写真は、地引き網に掛かった黒鯛。
網の中は、ほとんどはエイだったので、刺されると大変だと皆さんでシッポを切っていた。
コースは往復10キロで、波打ち際を歩いて、サーファーを横に見ながらのんびりと行く。

そこへ携帯メール
娘からで、婿さんが盲腸で緊急に手術と言う。ハイキングの帰りに病院の最寄り駅を経由するので下車して寄る。
手術は簡単と思っていたら、3時間も掛かり、心配する。
思ったよりややこしい事になったらしく、全身麻酔になったと途中で看護婦さんから連絡が入る。
手術が終わって、安定した様子を見たので、荷物を家に取りに戻る娘に付き合ったりして、ばたばたとしてから帰宅。
ハイキングの間は曇りだったが、雨になる。

今日、また様子を見に行くと、ベットに起き上がる事が出来ていた。
目が覚めたら、色々な管が体に下がっていたと驚いている。
回復も早く、元気そうで安心した。

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